『4U』

「血止草式」は、隣の部屋の旦那―可哀そうなことに、見た目だって悪くないのに妻からひどく虐げられている―と不倫する女の話。
面白いことに、子どもは本当に鋭い。
純粋な目をして本気で、真実に迫る質問をしてくる。
女の部屋で物音や話し声がするので「ママが、隣のお姉さん、彼氏できたのかなって言ってた」などと、まさかその「彼氏まがい」が自分の父親だとはつゆほども知らずに、問いかけるのだ。
ドキッとする。
子どものような質問ほど、私たちを動揺させるものはないと思える。


「天国の右の手」では、思わず唸ってしまった。
「キスって、こんなに簡単なことなのに」
「でも、一番、勇気がいる」
主人公の女が目の前にいる男に、こういう台詞を吐く場面があった。
名言過ぎるあまり、私は何度もそのくだりを読み返し、ただ只管「分かる分かる」と同意する他なかった。
ちょっとだけ顔を近付けて、タイミングを合わせればいいだけなのに。
最も最初にする行為なのに。
キスがとてつもなく、他のどんな“共同で行うこと”よりもセクシーなのは「意外な難しさ」という理由が存在しているからかも知れない。
キス(雰囲気やタイミングも含めて)が巧いひとは、場数を重ねたひと又は相手との信頼関係が築けているひとだと思う。


sweetなだけじゃなく、bitterな感情も抱かせる9つの短編集は、秋の夜長にもってこいだった。