『1ポンドの悲しみ』

石田衣良氏の得意とする恋愛短編集。
表題作もいいけれど、この中で私が好きなのは「デートは本屋で」という話。


―織本千晶は本と男が好きだった。
そんな出だしで始まり、共感する私はぐいぐい惹き込まれる。
主人公の千晶は、会社で男性社員と肩を並べてバリバリ働く、デキる女性である。
ただ、彼女が「いいな」と思える、本好きな男はなかなかいなかった。
本を読まない男を読書好きに変えるのは、至難の業としか言えない。
ある程度の年齢になって形成された生活習慣や、読書のような知に貪欲な趣味はなかなか新たには身に付かないし、彼らにもプライドみたいなものがあるから。


ところが、彼女にも何となく気になる相手が出現した。
その彼・高生は、千晶の会社に出入りするSE。
本の話をしてみて、千晶は彼を「ナイス!」と評価。
そして、肉食女子のようにぐいぐいと誘いをかけ、見事休みの日に本屋デートにこぎつけたのだった。
女子は年を重ねるほど、どんどん強くなっていく。
気になれば、自分から行動を起こす。
それで気乗りした様子を見せない男なら、さっと身を引くまで。
十分大人な千晶も、そんな生き方がさらりとできるひとだ。


2人で本屋に行けば、いつもよりも2倍の本棚を眺めることになる。
普段は足を止めない棚の前に立ち尽くすことになる。
それが愉しくて新しいから、他人と一緒に行く本屋はさらにおもしろい。
同感しつつ、2人の物語を読み進めていく。


「あなたがどういうひとで、何が好きか」
それは、これまでに読んだ本の話をすれば分かる。
千晶は高生に向かって言う。


ひとは本に似ていると考えたことがある。
語られる言葉が、本の中身。
ひと本体は、本という外箱。
ひとが自分の言葉で自身を語るとき、それらは物語ではない物語。


―わたしたちの本は、今日この瞬間にこの言葉から始まるのだ。
運命というものを、そのときに感じる。